剣道への夢をつなぐ~「武道禁止令」と祖父の涙


みなさんこんにちは!剣道愛好家ごまちゃんです。今回は少し話を変えて、管理人さんに登場してもらいます。では管理人さんお願いします。

こんにちは!155記事中二回目の登場の管理人です。

最近、このサイトがなぜかグーグルさんからもちょっとしたペナルティを受けているようで四苦八苦しています。

原因ははっきりしないものの、サイトの構造上のもののようで、これが簡単に直らない・・・

なんちゃってペナルティの原因はおそらく、

〇以前このサイトで英語記事を発信していたのですが労力の割に閲覧がめっちゃ少なくて英訳を辞めた

〇その間、英語になっていない記事が英語版として大量にサイトマップに記載されてしまい、閲覧ゼロのカス記事を大量に抱えたことになった

そうこうしているうちに、六月中旬のグーグルアップデータのおり

評価がダダ落ち→閲覧ガタ落ち

となった模様トホホ。。。

基本このサイトは閲覧をグーグルからの検索に頼っているため、グーグルさんの評価下がるとてきめんに閲覧が落ちてしまいます。

まず英語版の削除と記事の修正を気長にしていくつもりです。昨日英訳ソフトを削除したら影響が全体に広がってしまい、修正が思ったよりも大変です。

でも、その間もできる限り更新は続けますのでよろしくお願いします!

今回の話はそんなに面白い話でもないかも知れませんが、年配の方で同じように涙を流した人も多かったかもと思い、少し息抜き的に記事を読んでいただけると幸いです。


↓初めてこのサイトに来られたかたはこちらへ。

てっぺんを目指す剣道ベスト記事

日本一を目指すというこどもはこんな子供でした

幾度も聞かれた質問「ご家系で誰か剣道されてたの?」

この質問は、過去幾度か人に聞かれました。

答えは「誰一人剣道をしてた人間はいない」です。

おそらく我が家の剣道への熱の入れようがかなりなものなので、ゴリゴリの剣道一家だと思っておられる方が多かったらしい。

聞かれるたびに「いえ、だれも剣道をしていた人はいませんでした」と答えています。

正確に言うと、剣道をやろうとした人はいました。

こどもの祖父に当たる人です。

祖父は、生きておられたら90近い御年になります。戦争末期に13歳の少年だったのですが、父親は徴兵されてマレーシアに配属になって以来音沙汰がなく、祖父はかなり苦労したそうです。

終戦となって二年後、祖父がひょっこりマレーから帰ってきて生活が落ち着きました。

そんなころ、祖父は、どうしても「剣道がしたい」と思ったそうです。

剣豪小説を読んだり、時代劇を見たりして、かなり憧れていたので、母親にせがんで、その当時目の玉が飛び出るぐらい値段の張る剣道具を買ってもらいました。

そして、ワクワクしながら習いに行く日を夢見ていました。

そんなころ、日本を統治していたGHQが「武道禁止令」を発布します。

日本が二度と牙を剥かないよう、飼いならしておくために武道を禁じたらしい。

祖父は、泣く泣く剣道を習うことを諦めました。

祖父の母親は、庭に出て、現在のお金でおそらく50万以上の大枚をはたいて買ったばかりの武道具を勢いよく燃やし始めました。

面がねの部分が鉄でできていたので、その中にサツマイモを入れて、「よー燃えるわ~」と感心したように棒で芋を突っついて焼いていたそうです。

祖父の夢は、外からの圧力であっけなく潰えてしまいました。

電車で帰ってきた兵隊だった父を見て

祖父の父は、マレーシアの激戦地に送られていて終戦後も帰ってきませんでした。

その当時日本は終戦直後の混乱でめちゃくちゃになっており、祖父は13歳にして一家の大黒柱のつもりで食糧の調達に走り回っていました。

終戦後二年経って、電車に乗って食料を調達した帰り、たまたま、祖父が復員して同じ電車に乗っていました。

電車を降りて、親子の目が合ったそうです。その時の祖父の気持ちは、

「お父さん生きてたんだね」「良かった」「これで一家も元通りになる」という歓喜と、少年特有の父親に対する複雑な感情で、結局声も出せず無言で一人で家まで戻ったそうです。

その何十年後、法事の折、

「あのとき駆け寄って、お帰り、と言ってあげればよかった」「一緒に歩いて家まで帰ればよかった」

と、今でも悔やんでいることをみんなに告白されました。

父親はマレーシアに抑留され、運よく帰ってこられた。

その当時の日本ではどこにでもある話でしょう。

それでも、祖父が臓腑を振り絞るようにして語った「お父さんお帰り」を言えなかった悔いは、誰にも理解でき共感しました。

剣道への夢は果てず

祖父は息子に剣道を勧めましたが、息子は全く関心を持ちませんでした。

こどもが結婚後、孫(つまりこのサイトのプロフィールで紹介されている剣道少年)が二人ともいわゆる「剣〇チ少年」になりました。

少年二人は、相当早くからけっこうやるな、的なものを一部の人に見せ始め、最初に出稽古に行ったさる強豪道場の館長に、「足さばきに天性のものを感じる」と褒めていただきました。

ひょっとして、祖父の夢を受け継いでいるのかな、

と管理人が感じたのもそのころです。

戦争に振り回され、国の都合に振り回されても、一家の中に眠っていた「夢」は吹き消されることはありませんでした。

我が家には剣道をしていた人間はいませんが、「剣道へかける夢の系譜」だけは、長いです。

祖父の少年のころから70年近く、途中で潰えてもまた復活し、今、孫がのびのびと祖父の夢を実現しています。

▼ちょっとだけリンク。こどもの剣道を強くするたった一つの条件とは?

少年剣道で強くなるたった一つの条件

70年越しの夢だからこそ、簡単に妥協できない

祖父は孫二人が剣道で活躍しているのを見て、とても喜んでくれました。

動画を見せてあげたり、入賞写真入りの年賀状を送ったりする日々が続きましたが、つい先ごろ、祖父は永眠しました。

祖父は、永眠するころ、ひょっとしたら少年時代に戻って、あこがれの剣道を習いながらあの世に旅立ったのかも知れません。

あるいは、復員してきた父親に駆け寄り「お父さんお帰り」と笑顔で話しかけ、二人で家路へ歩いていたかも知れません。

そして、管理人は、自分の生涯を閉じるときはきっと、息子たちの剣道の試合に付き添いながら、表彰台に立っている姿を見て喜んでいる若い母親に戻って旅立つんだろうな、と感じています。

▼こどもの剣道を強くするのは保護者です!!

こどもの剣道が強くなる保護者の特徴

まとめ

今回は、このサイトのペナルティ?のことや、大して面白くも珍しくもない話をしてしまいました。

このサイトを読まれている方はそれぞれに、剣道に対する深い思い入れと夢を持っていらっしゃると思います。

夢を大切に、剣道ができる喜びをかみしめながら親子共々成長していきましょう。

では、また。

皆さんに少しでも楽しんでもらえるよう、ほぼ毎日記事を更新しています。
イラストは無料画像オンリーたまに自作です!

ご意見、ご感想をお待ちしています。。こんなことが知りたい、というようなことでもOKです。管理人さんが泣いて喜びます!


Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

10 + fifteen =